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1: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:17:04.34 ID:EjVEnkhT.net
ドッペルゲンガーって知ってる?
そうそう、自分とそっくりで見たら死ぬってやつ。
見たんだそれを。ドッペルゲンガーを。
ついさっきのことなんだけど。

3: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:18:02.51 ID:EjVEnkhT.net
二時間くらい前、学校が終わって家に帰る時だ。
いつも通り電車に乗って、駅から家に向かって歩いていた。
それで、十分くらい歩いた頃かな、狭い路地だったんだけど、目の前に俺がいたんだ。
いや、ふざけてるわけじゃなくてさ、本当に俺なんだよ、目の前にいたそいつは。何から何まで俺にそっくりなんだ。顔も体型も全部。
あまりにも似ているから驚いちゃってさ。何もできないで立ってたんだけど、そしたらそいつはニコッと笑ったあと、路地の角を曲がっていった。
追いかけたんだけど、もうどこにもいなくてさ。それからはもう本当、大変だったよ。俺は走って家に帰って、自分の部屋で布団をかぶって震えてたんだ。本当に怖かったからね。

4: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:18:35.59 ID:EjVEnkhT.net
ここで終われば少し怖い話で済んだんだけど、
もっとも、俺にとってはとても怖い話だけどな。
それでさ、布団の中にいたら突然インターフォンが鳴る音が聞こえたんだ。
心臓が止まるかと思ったよ。
というのも俺はなんでか音の主があのドッペルゲンガーだって確信してたんだ。
もう本当に怖かったよ。
俺で自家発電できるくらい震えてたんじゃないかな。
本当だったらそんな怪しげな来客は無視して、家族が帰ってくるまで布団をかぶっているはずの場面なんだ、いつもの俺ならね。
だけど、なんでか俺はあのドッペルゲンガーに興味が湧いたんだ。
もちろんすごく怖いんだけど、あいつと話してみたいと思ったんだ。自分でも訳がわからなかったけどね。

5: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:21:06.08 ID:EjVEnkhT.net
それで俺は玄関に行って、恐怖を押し殺してドアを開けた。そしたらやっぱりそこにいたのはドッペルゲンガーだった。
それで、あいつはとても自然に、普通に家に入ってきたんだ。まるで俺であるかのように。
本当、家族が出かけてて良かったと思うよ。どっちが俺だかわからなくなっちゃうからね。
それくらい似ているんだ。俺が制服であいつは私服。違いはそれくらいしかないんじゃないかな。

7: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:21:38.60 ID:EjVEnkhT.net
そして、今に至るわけなんだけど。
今俺は、同じ顔したやつと、自分の部屋で向かい合っているんだ。
本当おかしくなっちゃいそうだよ。
「こんにちは」
また心臓が止まるかと思った。
こいつが何を考えているのかわからない。何故、突然挨拶をしてきたんだ。それにこいつ声も俺とそっくりだ。こんなに似ているなら、もうそっくりというより、一緒と言った方が正しいな。

9: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:22:12.59 ID:EjVEnkhT.net
正直今すぐここから逃げ出したい。だけど、そういうわけにもいかない。ここで逃げたら、ずっとこいつに怯えて暮らすことになるからな。
だから俺は声を振り絞って聞いた。
「お前は何者だ」
こんな映画みたいなセリフ、まさか俺が言うことになるとはな。本当、恥ずかしいよ。

11: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:23:14.48 ID:EjVEnkhT.net
「僕は貴方です」
こいつは何を言っているんだ。
どういう意味だ。ふざけてるのか?
「はは、冗談ですよ。僕は貴方じゃありません」
なんなんだこいつは。
わからないことだらけだけど、一つだけわかったことがある。
俺はこいつが嫌いだ。こういう軽いやつが、俺は大嫌いなんだ。

12: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:23:45.98 ID:EjVEnkhT.net
だから俺は、苛立ちを隠さずに聞いた。
「いい加減にしろよ。お前はいったいなんなんだ。ドッペルゲンガーかなにかなのか? 俺は死ぬのか?」
「違うと思いますよ」
「違う?」
「ドッペルゲンガーではないと思います」
「ならお前はなんなんだ。なんでそんなに俺に似ているんだ」
「というより貴方は、勘違いをしてますね」
「勘違い?」
「そもそも、僕が貴方を知ったのはつい最近なんですよ。始めてみたときは驚きましたよ。僕が目の前にいたんですからね。それで貴方が何者か調べようと思って、貴方を尾行してたんです」

13: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:24:30.94 ID:EjVEnkhT.net
どうやら彼の話をまとめると、三日前彼は駅で俺を見かけたらしい。
それで俺に興味を持ってずっと尾行していた。
そして俺のことが大体わかってきたから、話しかけることにしたそうで、ドッペルゲンガーとかではないみたいだ。
「もっとも、こんなに似ているんですから、ドッペルゲンガーや生き別れの双子とかの方が納得できますけどね。僕は」
彼はそう言ったが、俺も正直同感だ。そんな理由がないと説明がつかないくらい俺達は似ている。

14: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:25:14.39 ID:EjVEnkhT.net
そんなことを考えていると、一つ疑問が頭をよぎった。
「ならどうして路地で逃げたんだ。あそこで俺に話しかければ良かっただろ?」
俺はその疑問をすぐ彼に投げかけた。
「それは、簡単なことです。退屈だったからですよ」
「は?」
「尾行というのはほとんどが待つ時間なんですよ。学校の外で貴方を待ったり、コンビニの、外で待ったり、あれほど退屈な時間はないですね。それに僕は、わざわざ高校を休んでまで貴方を尾行してました。だから、少し驚かせたら面白いかなと思って」
ふざけるなよ。そんなことのために俺は、恐怖体験をさせられたのか。
やっぱり俺はこいつが嫌いだ。

15: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:25:49.14 ID:EjVEnkhT.net
「それでここからが本題です」
彼は急に真剣な顔になった。俺はこういう顔に弱いんだ。相手が真剣なら自分も真剣にならなきゃいけない。非常に面倒くさいことに。
仕方がないから俺も真剣な顔になる。
すると彼はその本題とやらを話し始めた。
「僕と入れ替わりませんか?」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。今日だけで何回めだろう。いったい俺は何回驚けばいいんだろうか。
このまま話を終わらせるわけにもいかないので、声を整えて、俺は聞き返す。
「どういうことだ?」
「よくある話ですよ。主人公と王子様が入れ替わって一日すごすとか。そういうやつです」
「それをなんで俺達がやらなきゃいけない?」
「そんなのわかってるでしょ。顔が似ているからですよ」
やっぱりこいつはふざけているんだろうか。
本当に嫌なやつだな。

16: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:27:08.76 ID:EjVEnkhT.net
「僕はこの三日間、貴方を尾行していました」
「それはさっき聞いた」
「では、その感想なんですが」
「感想?」
「そう、感想です。失礼ですが言わせてもらうと、貴方は本当につまらない人生を送っている。つけている僕が飽きてくるくらいにね」
「本当に失礼だな」
俺はそう返したが、正直こいつが言ったことは
本当のことだ。俺はつまらない毎日をただなんとなく生きている。
「貴方もそう思っているのではないですか?」
心の中を見透かされているみたいな彼の問いは、俺の心をキツく抉った。
「そうだな、確かに俺はつまらない人間だ。毎日、ただなんとなく高校に通って、特に親しい友人もいないし、部活で綺麗な汗を流すこともない」

18: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:29:34.91 ID:EjVEnkhT.net
「そうでしょう」
「なら、どうしてお前は俺と入れ替わろうとするんだ? お前になんのメリットもないだろ。それとも、お前は俺よりも酷い高校生活を送っているのか?」
これ以上、俺の高校生活の話をしても、惨めな気持ちなるだけなので、話を元に戻した。
「いいえ。自分で言うのもなんですが、僕は客観的に見ても素晴らしい高校生活を送っています。
僕も部活には入ってませんが、放課後は大体、友人との予定で埋まっていますし、この三日間学校を休んだら、心配する連絡がたくさん送られてきました。どこからどう見ても、僕は充実した生活を送る高校生でしょうね」

19: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:30:09.99 ID:EjVEnkhT.net
「なら、どうして?」
「飽きちゃったんですよ」
「飽きた?」
「そうです。充実したスクールライフに飽きちゃったんです。毎日楽しいですよ。でも心のどこかに、何か違和感があるんですよ。
僕が思ったように、全てがうまくいく世界にどこか違和感を覚えたんです。
そんな時、僕と同じ顔なのに、本当に酷い生活をしている貴方を見つけました。
そんな貴方を見て、思ったんですよ。この人の生活を変えてみたいと。
うまくいかない人生を変えていって、思い通りにする。こんなに面白いことはないんじゃないかってね。
それなら、僕が貴方になって、好感度を上げていけばいい。要するに人生ゲームですよ。リアル人生ゲーム。面白そうでしょ?」

20: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:30:52.70 ID:EjVEnkhT.net
「ふざけるなよ。人の人生をなんだと思っているんだ。なんでお前のゲームに俺が協力しなきゃいけないんだ」
「そう怒らないでくださいよ。それに、これは貴方に取ってもいいことなんですよ。僕と入れ替われば、貴方に待っているのは楽しいスクールライフです」
「だからなんだっていうんだ。それに俺はこんなに人生でも、今まで自分なりに生きてきたんだ。それを捨てようとは思わない」
これは本当のことだ。確かにゴミのような人生だけど、それでも俺にとっては、やっぱり大切な人生なんだ。

21: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:31:41.40 ID:EjVEnkhT.net
「ちょっと待ってください。別に永遠に入れ替わろうなんて言ってません。
僕はただ貴方の生活を良いものする過程を楽しみたいだけです。その後はどうでもいい。
そうですね、二週間。二週間僕と入れ替わってくられば貴方の生活を良いものにしましょう。
これなら貴方に取っても良いことだらけだ。二週間は楽しいスクールライフが送れるし、それが終わった後も、好感度を上がった状態で生活できる。」
「だけど……」
苛立ちは少しおさまったが、俺はやっぱり踏み切れない。そんなに簡単なことなのだろうか。

22: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:32:32.78 ID:EjVEnkhT.net
「それに、貴方だってこのままの状態でいいとは思ってないですよね?もっと良い高校生活を送りたいとは思いませんか?僕ならそのお手伝いができます」
こいつの話を聞いていると、本当に入れ替わった方がいいように思えてくる。俺を騙しているんだろうか? いや、俺を騙していいことなんかこいつには一つもない。こいつは本当にゲームを楽しみたいだけなんだろう。
「どうですか、僕と入れ替わりませんか?」
「わかった。やってみよう」
いろいろ考えた後、俺は返事をした。
とりあえず試してみようと思ったからだ。
あまり好きな言葉ではないが、こんなに似ているんだ、入れ替わるのは運命なのかもしれない。
「良かった。それじゃあとりあえず、今後の計画を練りましょうか。安心してください、必ず良い結果になりますよ」
こうして俺達は入れ替わることになった。

24: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:33:23.42 ID:EjVEnkhT.net
それで、とりあえず彼の家に向かうことにした。もちろん別々に。
どうやら彼は、一人暮らしをしているらしい。アニメの主人公みたいだな。という言葉を押し殺して、彼の家に向かった。

25: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:33:49.55 ID:EjVEnkhT.net
家に到着して、俺達は話し合い
・お互いの不利益になることはしない。
・一日の終わりに電話で大体のことを報告する。
という二つのルールを決めた。
それから、お互い知っとかなければいけないことを教えあった。

26: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:34:52.37 ID:EjVEnkhT.net
「それじゃあ、わからないことがあったら、連絡してください。僕もそうしますので」
「ああ、わかった」
「後、携帯は周りには壊れたということにしておきましょう。その方が都合がいい」
「そうだな」
まぁ、俺に連絡してくる奴は片手に収まるくらいだけどな。

28: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:35:56.19 ID:EjVEnkhT.net
「そういえば、まだ名前を言ってませんでしたね。椿 圭介です。よろしく」
「俺は、柊 京介だ」
「知ってますよ。尾行してましたから。それにしても名前も似てますよね」
「黙れ、ストーカー」
「はは。それじゃあ、そろそろ僕は行きます。まぁ、お互いうまくやりましょう」
「ああ」

29: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:36:22.66 ID:EjVEnkhT.net
しかし、これで良かったんだろうか。
まぁ、考えても仕方がない。こうなった以上、やるしかないんだ。そう考えているうちにドアが閉まる音が聞こえた。どうやら椿は帰ったようだ。俺の家に。
俺はこれからどうしたらいいんだろうか?とりあえず、面倒なことは考えないで、明日に備えて寝ることにした。

30: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:36:47.19 ID:jOa4dxbL.net
朝起きると、目に映ったのは知らない天井だった。
そうだ入れ替わることにしたんだったな。
昨日はいろんなことがありすぎた。未だに混乱しているが、とりあえず俺は学校に向かうことにした。
あいつの話では、学校は近くにあるから、家を出たら同じ制服の奴らについていけばいいってことだったな。

31: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:37:22.52 ID:jOa4dxbL.net
「おっす、久しぶりじゃん。風邪治ったのか?」
家を出て少し歩いたくらいのところで、突然後ろから、誰かが話しかけてきた。
昨日見せられた、写真と目の前の顔を一致させていくと、確かこいつは同じクラスの桐島だったはずだ。椿はわりと仲の良い友人だと言っていた。
「ああ、もう良くなったよ。心配かけたな」
椿の口調と合うように心がけて、俺は返事をした。
「そっか、良かったな。お前がいなくて暇だったんだぞ。LINEも無視するしさ」
「悪いな。携帯、落として壊しちゃったんだ」
「ふーん。まぁ、あんまり無理するなよ」
「ああ、ありがとう」
「おうっ」

32: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:37:48.70 ID:jOa4dxbL.net
椿の言う通り、典型的ないい奴って感じだな。
しかし、俺が椿じゃないって全然ばれないな。まぁ、こんなに似ているんだから当たり前か。
桐島と話しているうちに、学校に着いた。教室に入ると、何人かから声をかけられた。内容は桐島と同じで、体調を心配するようなものだ。
授業が始まると、近くの席の人達が、休んでいる間のノートを見せてくれた。授業は俺が通っていた高校より進んでないみたいだったので、そんなに必要はなかったが、椿の代わりに写しておいた。

33: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:38:15.87 ID:EjVEnkhT.net
そんな感じで午前の授業が終わり、昼休みは桐島と学食に行った。午後の授業も、午前と同じ感じで、ノートを写して大体が過ぎ、とりあえず入れ替わり一日目の学校は終わった。
桐島達に放課後、カラオケに誘われたが、まだ少し調子が悪いと言って帰ってきた。
まだわからないことも多いし、これが得策だったはずだ。

34: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:38:57.28 ID:EjVEnkhT.net
家に帰ると、一日気を張って過ごしたせいか、疲れていたみたいで気づくと眠りに落ちていた。
目が覚めたのはもう夜、携帯が鳴る音でだった。
「こんばんは、どうでしたか僕の生活は」
電話に出ると聞こえたのは椿の声だった。
当たり前か。携帯は壊れたことにしているしな。
「ああ、お前の言う通り充実したスクールライフだったな。お前が普段どれだけ学校生活を満喫しているか、よくわかったよ。一体お前はこれの何が不満なんだか、ますますわからないな」
「それはもう言ったじゃないですか。飽きちゃったんですよ。それより、貴方にもわりと親しい人いるじゃないですか。七瀬さん、昨日聞いたよりもずいぶん関係は深いようですが」

35: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:39:42.89 ID:EjVEnkhT.net
突然出てきた、七瀬という名前に俺の心はざわついた。
「あいつはそんなんじゃないさ。ただ昔から知っているだけだ」
「とてもそんな風には思えませんでしたけどね」
椿の口調が少し強くなっていた。七瀬のことを黙っていたのを怒っているんだろうか?
「本当に違うんだ。まぁ、黙っていたのは悪かった。言う必要はないと思ってたんだ。最近はそんなに話してなかったしな。それより七瀬の名前が出るってことは、あいつと何かあったのか」
「いえ、別に、特に何かあったわけではないんですが、ただ昨日の貴方の話では、今日僕が学校に行っても、誰にも話しかけられないと思っていたんで、七瀬さんの方から話しかけられて、少しびっくりしただけです」
七瀬から話しかけた、か。一体七瀬はどんな話をしたんだろうか。
すごく気になったが、それを椿に聞くのは少し癪だったので、聞かないことにした。

36: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:40:09.76 ID:EjVEnkhT.net
「そうか、悪かったな。詳しく話しておかなくて」
「でも、彼女ってわけではないんですよね?」
「当たり前だ。そんな関係の奴がいたら、入れ替わったりなんかしないさ」
「それもそうですね。それでも、一応聞いておいてもいいですか。七瀬さんのこと。今日もギリギリだったんですよ。バレないように話すの」
「ああ、そうだな、七瀬は……」

37: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:42:07.21 ID:EjVEnkhT.net
「それじゃあ、明日も頑張りましょう」
七瀬の話も終わり、椿が電話を切る合図の言葉を発した。
「ああ、じゃあな」
俺もそう言って電話を切った。
それから夕飯を食べて、今はもう寝るところだ。
「七瀬か……」
通話が終わってから、ずっと七瀬のことを考えていたせいか、そんな独り言が自然に口から出ていた。
帰ってきてから少し寝たため、全然眠くないので仕方なく、椿に話したことを思い出しながら、七瀬のことを考えることにした。

38: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:42:36.67 ID:EjVEnkhT.net
七瀬を、七瀬 千由を初めて意識したのは、小五の夏、教室でのことだった。
あの日俺は日直で、いつもより早く学校に行った。
誰もいないだろうなと思いながら教室に入ると、そこには七瀬がいた。
七瀬はその一ヶ月くらい前に、アメリカから転校してきたばっかで、俺は話したこともなかった。
ただ、その頃の俺はまだ、今よりはほんの少しだけ社交的だったんだな、教室にいた七瀬におはようと挨拶をしたんだ。今の俺からは考えられないな。
でも、返事は返ってこなかった。椅子に座っていた七瀬は、むすっとした顔で表情を変えずに、黙っていた。

39: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:44:08.09 ID:EjVEnkhT.net
あの頃の七瀬は少しクラスで浮いていた。
アメリカから来た帰国子女だ、それは小学生の俺たちには、異質なものだったんだと思う。
それに加えて七瀬には近寄りがたい雰囲気があった。それが一層、七瀬の孤立を深めんだろう。
いじめというわけではなかったが、七瀬 千由はとりあえず浮いていた。それで七瀬がとった行動が、あのむすっとした表情だったんだろう。
他人に弱みを見せないための盾。
そしてその顔に、少しだけ社交的な僕は意地になったんだろうな、その日から俺は七瀬にはしつこく話しかけた。七瀬をクラスに馴染ませようと思ったんだ。重ね重ね今の僕からは考えられないけどね。

40: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:44:40.17 ID:EjVEnkhT.net
そしてとある事件があって、俺は初めて七瀬とちゃんとした会話を交わすことに成功した。
それどころかあの時、七瀬は俺に笑いかけたんだ。あの顔は一生忘れないと思う。この世の綺麗を全部集めたような顔だった。
それからは、元々は明るい性格だったんだろうな、七瀬はクラスに馴染んでいった。
聡明で、気が強くて、でも本当は寂しがりやで、七瀬 千由はそんな少女だった。

41: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:47:15.84 ID:EjVEnkhT.net
その後小学校を卒業するまで、七瀬と俺はわりとよく一緒に行動したんだ。
でも、中学生になって学校が離れて、最初の頃はたまに会ってたけど、徐々にそれも少なくなって、疎遠になった。

42: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:47:45.39 ID:EjVEnkhT.net
それで、社交的な俺が段々消えていって今の俺になった頃、俺は七瀬と再会した。
二ヶ月前のことだ。高校の入学式で七瀬は久しぶりと言って、俺に話しかけてきた。
面食らったよ、もう七瀬には会うことはないと思ってたからね。
正直、嬉しかった。七瀬とまた会えたのが。
だけど同時に俺は怖かったんだ。変わってしまった自分を見られるのが。
だから俺は七瀬と距離を置いた。

43: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:48:53.92 ID:EjVEnkhT.net
それからはすれ違ったら挨拶をするくらいで、特に話すことはなかった。
それで一ヶ月くらい過ぎた頃かな、下校中同じ制服を着た奴が他校の生徒に絡まれてるなと思ったら、七瀬だった。
いつもの俺なら無視して立ち去るんだけど、何故か俺は、七瀬の手を掴んで走っていた。ヒーローになったつもりだったんだろうか。
違うな、七瀬だけが俺を特別にするんだ。

44: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:49:48.34 ID:EjVEnkhT.net
その後、お礼を言われて、また少しだけ話す関係に戻った。
昔みたいにはいかなかったけど、たまに話して、それが俺にとってはとても楽しいことだったんだ。と、一部分だけを話すと、まるで俺がドラマチックに生きている主人公みたいだが、そんなことはない。椿に話した時も、
「十分、主人公みたいなことしてるじゃないですか」
と言われたが、全くもって的外れだ。
こんなのは、多かれ少なかれ、誰にだってあるようなことだと思う。
みんなそれに気づいてないだけで、同じようなドラマを持っているだろう。
むしろ、俺がみんなと同じように、ドラマチックな経験をしていることが、奇跡なくらいだ。
それに、今の俺の高校生活が、地味で暗いものということには変わりないしな。

45: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:50:45.15 ID:EjVEnkhT.net
そんなことを考えていると、もう深夜だった。明日も俺は椿として学校に行く。
本当にこれで良かったのだろうか。考えても仕方がないので俺は寝ることにした。
入れ替わり二日目の学校も特に問題なく終わった。
大体の人間関係がわかったのと、椿が元々良い友人関係を築いていたからだろう。

46: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:51:41.80 ID:EjVEnkhT.net
そして、今日は放課後、桐島達とボウリングに行くことになった。俺が桐島達のノリについていけるか不安だったが、心配はいらなかった。
どうやったかは知らないが、本物の椿も、社交的ながら、わりと静かな方だったらしい。
そのおかげであまり喋らなくても、特に怪しまれることはなかった。

47: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:52:38.82 ID:EjVEnkhT.net
俺は友人とボウリングに行くなんて初めてのことだったが、桐島達の良い人柄もあって、正直楽しかった。
こんな毎日を過ごしているなんて、椿が本当うらやましいよ。
夜の電話で椿に同じようなことを言ったら、
「貴方の生活もじきにそうなりますよ」
と言われた。向こうも順調らしいが、本当なのだろうか。
まぁ、椿の今までの人間関係を見るに、本当にうまくいってるんだろうな。
素直に尊敬するよ、俺に対しての好感度を上げるなんて、相当難しいだろうからね。

48: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:53:03.56 ID:EjVEnkhT.net
それと、この二日で感じたことなんだけど、俺と椿はどうやら性格も似ているらしい。
表面的には、社交的な椿と内向的な俺は別人に見えるだろう。
ただ根本的なものは同じみたいなんだ。
この二日俺は、椿を演じることに違和感を感じなかった。
これはつまり、俺にも椿みたいに可能性があったってことなのかもしれないな。
だとしたら、俺と椿を決定的に違う存在にしたのは何なのだろう。
一人の少女の顔が浮かんだがそれは忘れることにして、目を閉じた。
入れ替わり二日目はこんな感じで終わった。

49: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:53:46.68 ID:EjVEnkhT.net
それから五日間、特に問題は起きなかった。
俺も椿として学校に馴染めていたと思うし、何より桐島達といるのは楽しかった。
椿も話を聞く限りでは、うまくやっているようだ。
そして、入れ替わってから七日目、学校が終わり、今俺は、椿の家からも俺の家からも離れた公園に向かっていた。俺の家と椿の家は三駅離れているが、そこからさらに二駅超えたところにある寂れた公園だ。
ここで椿と会う約束になっている。同じ顔が二人いると目立つので、人気のない公園にしたと椿は言っていた。
まぁ、最悪人がいても、双子ってことにすればいいわけだが。

50: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:54:12.07 ID:EjVEnkhT.net
公園に着くと椿はブランコの周りの柵に腰掛けていた。
「こんにちは。久しぶりですね」
俺も隣に腰をかけて返事をした。
「ああ、いつ見てもやっぱりそっくりだな」
「そうですね」
ここ何日かで俺の、椿に対する敵対心はなりを潜めていた。
それは椿になってみて、椿が今までどんな人間関係を築いてきたかで、椿の人柄の良さがわかったからだろうか。
とにかく椿に対する嫌悪感はほぼなくなっていた。

52: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:55:28.05 ID:EjVEnkhT.net
「それでどうですか、僕の生活は」
「ああ、電話でも話したと思うが正直、楽しいよ。クラスメイトはいい奴ばっかで、あいつらと遊ぶのも楽しい」
「それは良かった」
「お前の方はどうなんだ」
俺になるのが楽しいとは、とても思えないが。
「僕も楽しいですよ。段々みんなからの好感度も上がってきています。後一週間で必ず成功させてみせますよ」
「それは楽しみだ」

53: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:55:55.53 ID:EjVEnkhT.net
俺の心は段々、椿に肯定的になっていた。
こいつにだったら、すべてを任せられるという気持ちがあった。
「それで提案なんですけど、七瀬さんに告白しませんか」
突然でできた名前に、俺の心はまたざわついた。
「どうして」
つい反射的に、強い口調で聞き返す。
「どうしてって、彼女を作っておいた方が、より幸福な人生に近づくのではないかなと思いまして」
「それはダメだ」
「どうしてですか?」
「とにかくダメだ」
「わかりました。不利益になることはしないって約束ですしね」
「ああ、悪いな」

54: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:56:17.64 ID:EjVEnkhT.net
それから少し話をして、俺たちは別れた。
帰り道、さっきのことがずっと引っかかっていた。
どうして俺は七瀬のことであんなにムキになったんだ。
入れ替わっているとはいえ、椿に七瀬を取られたくなかったのか。
いや、そんなはずはない。そもそも、取られるとか、元々俺のものってわけでもないのに。

55: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:57:37.62 ID:EjVEnkhT.net
ダメだこれ以上考えても、自分が嫌になるだけだな。やっぱり七瀬だけが俺を、どうしようもなく特別にさせるんだ。一度考え出すともう止まらない。俺は自分の燻んだ感情をおさえることがで
「危ない!」
突然背後から声が聞こえた。立ち止まって振り返ると、今度は前方からとても大きな、ガシャンという音が聞こえた。

56: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:57:58.02 ID:EjVEnkhT.net
「大丈夫ですか」
先ほどの声の主が、俺に慌てて話しかけてきた。
ただ俺はその問いに応えることができなかった。
俺のすぐ目の前には、上から落ちてきた看板があった。あと一歩でも前に進んでいたら、俺はこれに潰されていただろう。
「すっ、すみません。ありがとうございます」
俺は、目の前の男性に、震えた声で礼を言った。
この人がいなかったら俺は看板と一体化するとこだった。

57: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:59:11.86 ID:EjVEnkhT.net
「いえ、大丈夫ですか。怪我は?」
「大丈夫です。貴方の声で立ち止まったので、潰されずに済みました、本当にありがとうございました」
「良かった。看板、老朽化してたんですかね。それとも…… 何か心当たりありますか」
「いえ、特には」
心当たりなんてあるわけない。
そもそも俺は誰かに恨まれるほど、深く人と関わってないんだ。

58: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 20:59:28.09 ID:EjVEnkhT.net
「そうですか。どうします警察とか呼びますか?」
警察か。もし警察を呼んだら、事情聴取とかがあるだろう。
椿と入れ替わっている身としては、それはさけたい。
幸いここは人気のない、裏通りだ。この人さえ説得すれば何とかなる。
「いえ、あまり警察とか面倒なのは」
「それもそうですね。じゃあ、看板ははじに避けておきましょうか」
「そうしてもらえると助かります」
物分りのいい人で良かった。

59: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:02:12.38 ID:EjVEnkhT.net
看板をはじに避けるとその人は、
「じゃあ私はここら辺で」
と言って去ろうとした。
「あ、待ってください、何かお礼を」
「そんなの大丈夫ですよ」
「しかし」
俺がそう言うと。その人は、
「そうですね、じゃあ、私の名前は磯崎と言います。もし貴方が同じ磯崎という名前の人に会ったら、親切にしてあげてください。
その人が、もしかしたら僕の家族かもしれないし、恋人かもしれない。もちろん何の関係もない別人の可能性だってある。どちらにしろ、これって素敵なことだと思うんです。それでどうですか?」
と言った。

61: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:03:04.84 ID:EjVEnkhT.net
「わかりました。貴方、面白い人ですね」
俺はいつの間にかそう返事をしていた。俺の口からこんな言葉がまさか出るとはな。椿になって気が大きくなっているんだろうか。
「はは、よく言われます。それじゃあ」
そう言って今度こそ、磯崎さんは去って行った。

62: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:04:54.34 ID:EjVEnkhT.net
変わった人もいるもんだなと思いながら、俺はさっきのことを思い出していた。
よくよく考えると、恨まれる心当たりはないと言ったが、それは俺のことだ。椿がどうかなんてわからない。
一瞬そう思ったが、椿が恨まれるなんてもっと想像がつかないな。
この一週間で椿の人柄はよくわかった。絵に描いたいい奴だ。ちょっと変わってるけどな。それこそ磯崎さんみたいに。
まぁ、逆恨みって線もあるが、考えすぎだろう。そうしてただの老朽化だと結論付けて、俺は帰って眠りについた。

63: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:06:41.62 ID:EjVEnkhT.net
目が覚めたのは深夜二時だった。
このままもう一度寝てもよかったんだが、少し小腹がすいていたので、近所のコンビニに行くことにした。
家を出て、コンビニに入ってカップラーメンを買って、帰ろうとした時、俺は今一番会いたくない人に会ってしまった。
目の前にいたのは七瀬だった。

64: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:08:11.12 ID:EjVEnkhT.net
「柊?」
「ひ、ひさ……」
久しぶり、そう言おうとして、口を止めた。
椿が、俺として毎日七瀬とは会ってるんだ。久しぶりじゃおかしいな。
「ひさ?」
「いや、何でもない。それよりどうしたんだ、こんな時間に」
七瀬には夜遊びの癖はなかったと記憶している。それにそういうことをする奴でもないはずだ。

65: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:08:45.49 ID:EjVEnkhT.net
「柊こそ、何でこんな場所にいるの? あんたの家ここら辺じゃなかったよね」
「いや、ちょっと知り合いと会ってて遅くなったんだ。それでこの時間だと家族も寝てるから、ご飯でも買っておこうかと思って」
我ながら苦しい言い訳だ。俺にこんな時間まで一緒いる知り合いなんているんだろうか?

66: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:09:25.29 ID:EjVEnkhT.net
「ふーん」
七瀬は納得してないようだったが、俺は話を無理やり元に戻した。
「それより、七瀬は何で?」
「私は、その……」
七瀬は歯切れが悪そうに口ごもった。
「どうしたんだ?」
「家出したの。親とケンカしちゃってさ、家はこの近くだから、こっそり抜け出してきた」
「ケンカ?何で?」
「それはいいじゃん。それよりさ、少し話さない?」
いいわけがなかったが、このままではらちがあかないので、コンビニの裏の道の縁石に座って、少し話をすることにした。

67: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:11:00.20 ID:EjVEnkhT.net
「最近あんたさ、無理してない?」
七瀬から聞かれたその言葉に俺はドキッとした。
まさか椿との入れ替わりがバレたのか? 
「無理?」
俺はできるだけ平静を装って聞き返した。
「うん、無理…… 一ヶ月前さ私が絡まれてる時、助けてくれたじゃん。あの時さ、すごい嬉しかったんだよね。だってさ二ヶ月前、せっかくまた会えたのに、柊はそっけなくてさ。私のことなんてもうどうでもよくなっちゃったのかなって悲しかったんだ。
だから柊が、また私を助けてくれて本当に嬉しかった。やっぱり柊は変わってないんだなって。
でも、最近のあんたはなんか無理してる気がする。この一週間くらいあんたはよく私に話しかけてくれるようになったけどさ、なんか別人みたいで、もしかして私のこと鬱陶しく思ってないかなって不安で……」
「そんなことないさ」
俺はいつの間にか、七瀬の言葉を遮って返事をしていた。

68: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:11:46.03 ID:EjVEnkhT.net
「俺は七瀬とまた話せて嬉しいよ」
これは本当の気持ちだ。この一週間、椿がどう思って七瀬に接していたかはわからない。
けど、少なくとも俺はまた七瀬に会えて嬉しかった。同時に怖くもあったけど。
「そっか……それならいいけど……」
「それより、何で家出したのか話してくれないか。こんな時間に外にいたら危ないし、もし家に帰りたくないなら、俺の家に……」
そう言いながら俺は口ごもる。今、俺の家には椿がいるんだ。

69: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:12:34.06 ID:EjVEnkhT.net
「うん、ありがと……わかった、大丈夫だから。今日は家に帰るよ。柊と話したら少し楽になった。ケンカの理由は今は言えないけど、いつか話すから」
「そうか、なら良かった。話してくれるまで待ってるよ」
「やっぱ変わんないね、柊は」
「そんなことないさ」
「そんなことあるよ。おせっかいで、優しくて、いつも私を助けてくれる」
「七瀬の力になれたのなら嬉しいよ。それに、さっき言ったことも、本当のことだから」
いつもなら言えないはずの言葉が自然と口から出た。
椿と入れ替わって人と話すのに慣れたからだろうか。それとも相手が七瀬だからか。多分後者だ。

70: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:13:35.56 ID:EjVEnkhT.net
「送るよ」
「うん」
そこから、七瀬の家まで俺たちはあまり言葉を交わさなかった。
多分言葉はいらなかったんだと思う。
「じゃあ、今日はありがと。また明日ね」
「ああ、また明日」
明日、その明日七瀬に会うのは俺じゃなくて椿なんだよな。

71: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:14:37.10 ID:EjVEnkhT.net
七瀬と別れてから、俺は一つ決心をした。
というより、さっき七瀬が「変わってないね」と言ってくれた時から、とっくに心は決まっていた。
七瀬は俺と入れ替わった椿のことを、別人だと言ってくれた、とても悲しそうな顔で。
七瀬のあんな顔はもう見たくない。
もう、やめにしよう。
入れ替わりはもう終わりだ。

73: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/02/27(土) 21:15:42.65 ID:EjVEnkhT.net
自分のやるべきことがわかると、人は強くなるという。
多分それは本当だろう。
現に今、自分がこの夜の街の帝王にでもなったかのように、俺の心は自信に満ちていた。
つまらない人生でもいい、掃き溜めのような暗い人生でもいい、七瀬のあんな悲しい顔を見るくらいなら、あの顔を笑顔に変える力になれるなら、椿のピカピカ光る人生よりも、俺はそっちを選ぶ。
その日の夜は久しぶりにぐっすり眠れた。

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